2011年2月19日土曜日

セビリアのオレンジ

2011.2.19(金)

この街に入って真っ先に驚いたのが街路樹。

オレンジの木です。ほとんどの木に見事なオレンジがなっている。ソフトボールほど大きくはなく、野球ボールくらいの大きさだ。大きな庭園の中にはレモンもあったが、ほとんど同じ種類のオレンジのように見える。



この時期には、結構熟れていて通りにポトンポトンと落ちている。誰が拾うでもなく、放ったらかしだ。自動車も押しつぶしていく。多分、朝の早い時間かに掃除をしているのではないかと思うのだが。



こちらに詳しい日本の方や、地元のスペイン人に聞くと、「すっぱくて食べられないがマーマレードには良い」とのこと。

これを拾って食べている人を見たことはないが、僕は3回挑戦して見た。1回目はセビリアに着いたその日で、結構酸っぱかった。2回目は酸っぱいけれどこれはいける、と思った。
ただ、種類の違う木が植えてあるのかもしれない。先日大きな庭園に行ったときには、レモンが鈴なりになっている木があるのを見たことがある。

3回目は先日で、きれいに切って写真に撮った。木から道路に落ちた衝撃で中が少し痛んでいた。少し酸っぱいがレモンほどではない。こんな味だと思えば、食べられないことはない。グレープフルーツだって、温州みかんほど甘くはないんだから。


2011年2月18日金曜日

フラメンコショー

2011.2.17(木)

今日は少し天気がよい。

洗濯物が女主人から「できたよ」といただけるものと期待して学校から帰ってきた。

きちんとたたんでデスクの上に置いてあるのかなと思ったら、無造作にバサッとスーツケースの上に乗せてある。



同じ学校に行っている日本人シニアのホームステイ先では、下着まできちんとたたんで返してくれる、と言うことを聞いていて、感心していたのでちょっと拍子抜けだ。

夜は、その日本人シニアの方の案内でフラメンコを見に行くことになった。

9時からショーが始まると言うことなので、7時半頃ににチケットを買っておいた。入場料は15ユーロ(約1,800円)、留学先の特典でか、学生扱いをしてくれて、僕たちは13ユーロだった。

食事後、開場の5分程前の8時半に行ったらもう既に開場していて、3m四方ほどの舞台を囲むコの字型の前列36席は満席になっていた。仕方なく2列目正面に陣取った。客席はすべてパイプ椅子で、3列になっていて、ショーが始まるころには満席で100人程になった。

最初に、カメラはダメだが最後の5分だけはカメラタイムを設ける、などの説明が先ずスペイン語であり、その次に英語、それからイタリア語のようだった。客の国別の多さを反映しているようだ。日本人は見たところ僕たち二人だけ、韓国人らしい若い女性が1人。

ギターと歌から始まり、女性だけの踊り、ギターのソロ演奏、男性だけの踊り、と続き最後のカメラタイムを男女の踊りで締めくくり、1時間のショーは終わった。



何か哀愁を帯びた歌、見事な手拍子、それを盛り上げるギター。そして、激しい男女の踊り、手首の動き、腕のふり、頭の回転、しっかりと動かない目線、タップの音、目の前で見る迫力は見事なものであった。

16人のアミーゴの夕食会

2011.2.16(水)

今夜も夕食を一緒にしませんかとお呼びが掛かった。夜の7:00頃のこと。10:00頃に食べ始めるとのこと。外は雨が降っているし、学校の先生からおいしくて安いバールの情報を今日聞いていたのだが、また明日にして、家で食べることにした。

10時前、なんだか家の中が騒がしくなってきて、来客がたくさんある模様だ。食器もたくさん並んでいる。

総勢16人。先日のメンバーと同じ人もいるが、前回の夕食会より少し若返って20から30くらいか。外国人は僕とルームメイト(ハウスメイトというのかな)のスイス人と、今日はじめて見るドイツ人(ミュンヘン)でセビリアの大学で勉強している女学生の3人。

料理上手の女主人の料理を、わいわいがやがやと話をして(いるを聞いて)、僕は明日も学校があるので、と12:00に失礼して部屋に戻った。
ほかの人もぼちぼちと帰っていくようだ。学校がある人や働いている人もいるので週末と同じように極端に遅くまでしゃべっている訳には行かない。

結局、今日は何の集まりだったのかな?

2011年2月16日水曜日

セビリアの2週目が始まった

2011.2.13.(日)

セビリアに入ったのが先週の土曜日なので、もう1週間たった。

この日は、一人で散歩して見ようとしないとは反対側の川向こうに行ってみた。磁器タイルの工場と綺麗な庭があると聞いていた。地図なしに出かけたものだから、入り口がわからず、通りかかりの人に聞いたら「向こうの通りを左に曲がって・・・」と言うものだから(と聞こえたものだから)どこまで行ってもどこまで行っても見つからず、結局周りをほぼ1周、8~9km歩いてしまった。

急ぐでもなし、行かねばならないものではなし、ゆっくりと散歩した。
タイル工場の中は入場料がいるらしく、入っていたらホームステイ先の昼ごはん時間には間に合わないのでやめて、庭を散歩した。冬の終わりで、緑も少なく、花も全くなく、ただ広いだけだった。

昼食後は、夜までただただ勉強だけ。

夜の観光はまだ全くしていない。ライトアップしている所もあって、綺麗だと言う。

ホームステイには、夕食は付いていないが、ここに来て初めて雨が降り、「雨の中を外に食べに行くのも面倒だろう」からと、おばさんがホームステイメイトと僕に夕食をご馳走してくれた。



2011.2.14.(月)

留学2週間目の月曜日が始まった。

スペイン語は、全然進歩していないように思える。文法的なことは日本で勉強したことよりもすっと初歩的なことをやっているので、問題はない。しかし問題は語彙。やってもやっても覚えられない。

今日は、おばさんが洗濯と部屋の掃除をしてくれることになっている。1週間に一度やってくれる契約になっていて、それが月曜日と言うことらしい。朝に「ビニール袋に入れて出しておいてね」と言われたのでそのようにしておいたのに、学校から帰っても朝のままだ。ベッドも綺麗になっていない。

雨が降って洗濯物が乾かないので、また明日、と言うことらしい。


2011.2.14.(月)

今日も朝から雨だ。ここに来てはじめて傘を使った。

学校から帰ったら、ベッドが綺麗になっていた。洗濯は?と聞いたら、昨日と同じで「雨だからまた明日」とのこと。

この家はオール電化で、ガスは使っていない。でもヒーターや電子レンジ、IHクッキングレンジ、シャワー用のヒーターなど電気をたくさん使うので、電気の容量が足りなくなって、洗濯物を乾燥する乾燥機まで手が回らないのだそうだ。実際、2日前の夜には、突然停電が起こった。

8日分の下着を持ってきたが、綺麗なのがもう1枚もなくなって買わねばならなくなってしまった。

昼食を15:30に終えて、少し休憩して、街に出かけた。下着を買うためだ。デパートにも有ったがひどく高いので、学校の先生にもう少しやすいのを売ってる店はないかと聞いて、そこに行った。

今はバーゲンのシーズンで、3月末位まで続くらしい。デパート、専門店などほとんどの店で30%off60%off、などとやっている。

この店ではTシャツの形をした下着がなく、いわゆるランニングシャツしかなかったので、バーゲンのTシャツを210ユーロ(約1,200円)で買った。こちらの人はランニングシャツしか着ないのかな?

パンツと靴下はバーゲン品をやめて、通常価格品。パンツは2枚で9ユーロ(約1,100円)、靴下は2足で5ユーロ(約600円)。これでシャワーの準備OK。

2011年2月13日日曜日

セビリアの、長い土曜日の夜

2011.2.12(土)

留学の大先輩のシニアにセビリアの旧市街の南部分を案内していただいた。日光を浴びて少し歩くと、手袋が欲しいと思っていた先ほどとは打って変わり、快い暖かさになってきた。青い空、広い公園、観光の馬車が軽い音を立ててすれ違い、美術館や遺跡建物の中に入らずとも、落ち着いた気分になってくる。

スペイン広場 1929年にセビリアで開催された
万国博覧会「イベロ・アメリカ博覧会」の会場施設として造られたもの

休憩しながら2時間ほど散策し、中心街に戻り、中華料理店に入った。白いクロスが掛かり、定説からすると少し高いようなレストランのはずである。12時過ぎのレストランは、現地の人には早すぎるのか客は僕たちだけだ。

メニューを見るのが難しいが、なんとか、6.5ユーロの昼の定食らしいのを見つけて、注文した。料理3品、ビンビール(330ml)1本、コーヒー付きで、これは安かった。

ホームステイ先で昼食を用意してくれるはずだったので、断りの電話を公衆電話からした。電話料もわからず、適当にコインを入れてプッシュボタンを押した。女主人が出てきたらどう言おうかとドキドキしていたら、留守録のような応答が聞こえたので、こんなスペイン語でわかるかなと思いながら、用件を入れておいた。

家に帰って、女主人にこの事を言うと、電話を聞いていなかったらしかった。

夕方、ホームステイメイトのスイス人女性が「今晩、10時ごろからこの家のアミーゴ(友人・知人)がたくさん来て、食事会をするので、一緒にどうですか?」と僕の部屋に聞きに来た。断る理由がないので「喜んで」と答えた。

7時位から、料理を用意する音といい匂いが小さな吹き抜けを通じて4階にいる僕の部屋に上ってきた。どんどん腹が空いてくる。1030分、やっとお呼びが掛かった。

食堂に行くと僕を含めて7人。白身魚のフリットをつまみながら、ビールや微発砲のロゼワインを飲み、少し遅れてくるというアミーゴを待つ。1110分頃になってやっと全員揃ったらしく、食事がスタート。

誰かの何かの記念日なのかわからない。女主人はブーツを履いてちょっとおめかしをしている。(翌日の女主人の説明では、参加していたアミーゴの一人が、チリに働きに行くと言うので、その歓送会をかねてのパーティだったらしい。)

女主人が僕のことを思ってくれて、全員の箸を用意してくれていた。ひとしきり、箸の持ち方で座が盛り上がった。



その後は、スペイン語のわからない僕を無視して、僕の頭上を早い大きい声でスペイン語が飛び交う。女性はここの主とホームステイメイトの2人だけ。あとは男10人の計12人。大きな声でよくしゃべる。よく笑う。2秒と静寂は続かない。僕は聞いているふりをしているだけで、完全に100パーセントわからない。



女主人とホームステイメイトのスイス人女性

3時間以上をかけて用意された料理は、
 サラダ: キャベツ・イチゴ・パイナップル・人参・リンゴ
 サラダ: サーモン・トマト・インゲン豆・コーン・卵
 煮込みご飯: 野菜いろいろ入り
 パエジャ2皿: 魚介・肉・野菜たっぷり入り
みんなおいしい。料理上手だ。
  
日付が変って直ぐの頃、ホームステイメイトの女性が自分の部屋に帰ったのを契機に、僕も客にさよならを告げて自室に帰った。このブログを書いている午前1時35分、まだ下から元気な笑い声が間断なく上に上がってくる。ワインを開ける音も聞こえてくる。いつまで続くんだろうか。

とりあえず寝ることにする。(2時くらいに食器を片付ける音がして、間もなく静かになった。)

2011年2月12日土曜日

スペイン語学校 1週間が終わった

2011.2.11(金)

はや、学校の1週間が今日で終わる。くたくたの毎日である。一瞬でも先生の言っていることに集中できないことがあると、もう全くわからない。向こうも商売だから、僕に怒ることはないが、生徒同士でペアを組んで、あるいはグループを組んで話し合う(と、かっこよく言うが、とても話になっていない)時に他の生徒に迷惑がかかるので、のんきに聞き流すことは出来ない。

集中力が切れた一瞬、スペイン語が右から左に流れて行く。時々、日本語の単語や、英語の単語に似た音が耳に入ると、はっとして、思考がそれに集中し、「やばい」と思って、またスペイン語回路に切り替える。

今日の先生は代理の先生なのか、初めてだ。前の先生に比べ、えらい早口なので「もうすこしゆっくり」、と途中で願い出たがあまり変わらない。

先生の言うことを結構みんな理解しているようで、簡単なジョークを言ったときは一斉に笑う。時々は僕もわかるときもあるが、みんなと一緒に笑えなかったときは結構ショックだ。

みんなの中で文法力では、たぶん僕がトップ。文法力と言っても、僕以外はここに来て初めてスペイン語をやり始めた感じの人ばかりなので、僕としては威張れない。

発音もトップ、ドイツ語を話す何人かがそれに続き、僕の横にいる英国人のジェームスなんか、ひどい発音だ。日本人には簡単な「あ・え・い・お・う」がまともに言えない。どうしてそんなにひねくり返した発音をするんだい?

単語力はビリ。数分前にやった単語を覚えていない。暗記力も、一番のシニアなのでビリ。会話力・作文力と発表力はそこそこ、と言ったところか。

どんな会話をしてるって? たとえば、

    私は料理を作るのが好きです。あなたは?
はい、私も好きです。フットボールはどうですか?
    私は古い建物に興味があります。あなたはどうですか?
古い建物と美術に興味があります。
    あなたの左には、誰が座っていますか?
トムです。

などと言う単純なのが延々と続く。僕を筆頭に、皆、単語力が極端に弱いので、すぐ会話に詰まってしまう。

なんやかやで、1週間が過ぎた。僕を含めて8人でスタートしたが、すぐに1人が別のクラスに行き、残る7人のうち3人が終了して学校を去る。来週の月曜日は、僕のような新人が加わって新しい1週間が始まるのだろう。

明日とあさっては休日。明日はスペイン短期留学5回目と言う、シニア日本人男性がSEVILLAを案内してくださると言うので楽しみだ。

2011年2月11日金曜日

シニア留学生のある一日

2011.2.10(木)

スペイン語学校 4日目

1日目から書いていてはたくさんありすぎて、進まないので、とりあえず、今日のことを片付けていくことにする。

 一日の予定はこのようになっている。

07:15 起床 → シャワー浴び
なぜか、この3日間は朝に浴びている。暖房がないのでシャワーは寒い。室内気温が12℃くらい。

08:15 ホームステイの家で朝食
              日本より二周りくらい小さい食パン、3切れ。
ジャム。マーガリン。絞りたてのオレンジジュース。
インスタントコーヒー。

08:55 家を出る。コートにマフラーをしている人もいる。
             
09:10 学校着。今日初めて、地図を見ることなく学校にたどりついた。

09:20    文法の授業。じっと聞いているだけではない。次々と当てていく。白板に書いていくのを写していたら、当てられて、何を問われたかわからないこともしばしば。生徒同士の会話も強制させられる。

女の先生3?歳、オランダ人女性18歳、オランダ人女性29(医者)、ドイツ人男性25(大学生)、在イタリアのスイス人女性38(商店の店員)、ドイツ人男性30(航空エンジニア)、スコットランド人28(英語教師)と僕63歳。

スペイン語といっても英語やドイツ語が出来る人は、類推できる単語はたくさんあり、おそらく80%くらいはなんとなくわかるのではないかと思う。日本人の僕には圧倒的に不利。唯一、発音だけはスペイン語と日本語は似ているので、優位に立っている。

11:00 文法終了。休憩。学校の前にあるバールに入ってカフェ・コン・レッチェ(ミルクコーヒー)でひと休み。1.2ユーロ(150円位)

11:20 会話の授業。クイズ形式で生徒同士会話をさせる。会話の内容を皆に発表する。一瞬たりとも気を抜いてしまうと、自分が何をしたら良いのやら、会話のペアを組んだ相手が何を言ったのかが聞き取れない。

もちろん先生の会話のボキャブラリーは、易しく言ってくれているのだが圧倒的に多く、わからない単語がずらずらと出てくる。生徒が話すのは、すごくゆっくりで、やさしい単語しか知らないので、まだわかりやすいか。

13:00 会話終了。集中力が途切れそう。

13:30 特別個人レッスン。ヨーロッパ系の若い人と混じって勉強するのに、ついていくために頼んだ授業。昨日先生が出した宿題はほぼ満点。当たり前です。日本のカルチャースクールの中級(上級?)コースで週に1回といえども、7ヶ月もやってんですから。このペーパーテスト(宿題)だと良いのだが、話すとなると、すぐに口に出てこない。「あなたは料理をするのが好きですか?」なんて簡単なフレーズも、瞬間的にはでてきません。

とつぜん、電源の入っていた持参のノートパソコンが鳴り出した。SKYPEで日本にいる妻からの電話だ。「お~っと、今授業中です。」と先生を交えて会話を1分少々。

14:20 個人レッスン終了。帰途へ。

14:35 帰宅。昨日、14:55位に帰宅したら、女主人が「おなかがすくので、少し早く帰宅してくれたらありがたい。(と言ったんだと思う)」――「できるだけ早く帰ります。」「もし遅くなったら、先に食べ始めてください。」と言っておいた。

14:55 昼食開始。少し辛いスープ。野菜・魚のてんぷらのようなもの(おいしい!)。野菜サラダ。パン。なぜか今日は赤ワインも。主人とホームステイしている21歳のスイス人女性と、?の男性と僕の4人で。朝・昼の2食はホームステイ先で用意してくれる契約になっている。

食後、このブログを書く。

17:30 ミュートを付けてトランペットの練習。

19:00 勉強開始.

22:00 近所のバールへ夕食を摂りに出かける。下の3点はみなタパスの1種。知らなかったんですが、こんな小さな皿(直径12-3cmの入れ物)に入った料理をタパスと言うんですね。日本人には3皿くらいで丁度でしょうか。パンや小さなビスケットのようなのが一緒についてきます。


 
 マッシュルームと鶏肉    ポテトサラダ
     2.5ユーロ              2ユーロ                      

グリーンピース入りメルルーサ(タラ科の魚)
2.75ユーロ
                                                              
 ビール3杯で3.3ユーロ。締めて 今日の夕食は10.95ユーロ、約1,300円余り。言っておきますが、ビールはジョッキではなくて180ml位の小さなコップです。バールではみなそのようです。

23:00 「一杯」(3杯)が入った頭でもう少し勉強(出来たらいいなぁ、と思いながらこのブログを書いています。ちょっと無理かな)

24:00 暖房のない12℃位の部屋で厚着をして就寝。