2013年7月31日水曜日

「日本、また世界驚かせた」に違和感

Yomiuri Online でこんな記事が出ていた。

読売新聞 7月26日(金)10時26分配信
 
電車とホームの間に足を挟まれた女性を救出するため、
車両を押して傾ける乗客や駅員ら(22日午前9時19分、
JR南浦和駅で)=繁田統央撮影
本紙が22日夕刊で報じた、さいたま市のJR南浦和駅での女性客救出劇は、現場に居合わせた本紙記者の写真と共に世界各地でも報道された。
 
過去にも何回か同様のニュースが報じられた記憶がある。今回のニュースが世界に報じられて、その反響がまたニュースになっている。以下も Yomiuri Online から抜粋。

アメリカからは「日本から素晴らしいニュースです」「生死に関わる状況で、駅員と乗客が冷静に協力した」「おそらく、日本だけで起こりうること」

イギリスからは「(駅員や乗客が)集団で、英雄的な行動を示した」

イタリアからは「イタリア人だったら眺めるだけだろう」

香港からは「中国で同様の事故が起きれば、大多数の人はやじ馬見物するだけだ」

韓国からは「乗客が力を合わせて救助する感動の写真が話題になっている」

ロシアからは「どうしてこんなに迅速に乗客が団結できたのだろうか」

タイからは「日本の人々が生来の結束力を余すところなく示し、困っている人に助けの手をさしのべた、素晴らしいニュース」「日本が、また世界を驚かせた」「とっさにこのような行動ができる日本人は、どのような教育を受けているのか」

でも、こんなことは当たり前で、知らん顔して立ち去る人は日本に限らずどこの世界でもほとんどいないと思うんだけど。上のようなコメントは意図的に「世界が感動している」というのだけを無理やり見つけ出して記事にしたような気がして、違和感を感じる。

もしこれくらいの事で日本も世界も「感動する」なら、それはそれでちょっとさびしい。

0 件のコメント:

コメントを投稿