2025年6月25日水曜日

¡ Feliz Cumpleaños ! 誕生日おめでとう!

6月24日(火)

今日の授業で勉強は最後になった。

実は、25日(水)も26日(木)も27日(金)もコースの日程にはあるのだが、多くの大学生はコースの最後にテストが待っていて、その結果で合格点をもらったりスペイン語のレベルを判定されたりし、自分の大学のスペイン語科目の単位をもらったりするようだ。

私はと言うと、試験を受ける必要はないのだが先生が「受けてみたら?」と言うので受けてみることにした。語学の特別コースとはいえ大学の試験を受けるのは、ほとんど55年ぶりの事だ。

最後の授業は午後の「文化」。学生は個人又はグループ単位で、自国の「文化」について自分たちで決めたテーマで発表しなければならないらしい。もちろんすべてスペイン語でする。

学生が自宅で MS Office の Power Point を使って文書・影像を作成し、登校してから教室内で先生のパソコンのメルアドにそれを送り、学校のパソコンからプロジェクターで白板に投射し、みんなに見てもらいながら発表する。

自分の大学では同じ様な事をやっているといい、Power Pointの使い方には慣れているようだった。

私にも声がかかったが、私の場合は「希望すれば発表できる」という事だった。私なら日本の事でも、このページの一番下に書いたようなことをまとめて発表してみようかと一瞬思った。でも結局はやめた。私のパソコンにも Power Point は入っているが使ったことがないので、ちょっと荷が重いかなと思った。

先週から学生の発表が始まっていたが、今日は最後の日。そして、ある一人の女子学生の誕生日だった。みんなの合唱が始まった。


今日までクラスの写真は撮っていなかったが、今を逃したらもうチャンスがないかと思い、スマホでビデオを撮った。




帰りがけに3人の学生に声をかけられた。一緒に食事しませんか?と。驚いたが嬉しかった。一所懸命食事できる場所を探してくれたが、適当なところが見つからず、結局私が2週間ほど宿泊していた学生寮の建物の1階にある、時々利用していた Cafetería Campus で食べることになった。アメリカ人 Noah ノア 、 アメリカ人 Lantz ランス 、 フランス人 Ruben ルベン の3人。一皿盛り定食。いろんな話をしたが、よくもこのお爺さんを食事に誘ってくれたものだ。彼らのやさしさに感謝感激!!!


何が話題だったかーーー

碁、驚いた。


将棋も数独も麻雀も出てきた。お好み焼き、寿司、にぎり、刺身、キムチ。新幹線の最高時速も聞かれたが、東京大阪間は285km/hで東北新幹線は320km/h とここで訂正しておきます。


*** 以下は私が発表テーマに、と考えた一部 ***

教室の様子をビデオに撮って、私のブログにアップしても良い?と聞いてOKをもらったが、ブログのアドレスを教えて頂戴と何人かに言われたので、読んでもらえるのが嬉しくて教えた。そういうこともあって、以下の内容をまとめた。

1.日本は紀元前660年から始まった天皇の男系家系が途切れることなく続く、世界一古い国である。紀元後417年以前は口伝えだけの記録だが、紀元後418年に即位した第21代目 雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)から以降は記録が書物として残されている。現在の天皇は第126代目。 

2.西暦578年創業の世界一古い建設会社・金剛組(こんごうぐみ)、西暦705年から続く世界一古い宿・慶雲館(けいうんかん)がある。

3.日本で宿泊するときはホテルより旅館にしなさい。温泉に入り旅館のおいしい夕食を食べるのは至福のひと時です。 

4.和食は世界遺産に選ばれています。とりわけ大阪は「食い道楽」と言われる街です。

5.世界一安全な国です。危険な場所が全くない、とは言いませんが、銃による殺人はここ数年は年間1人、多いときで4人です。

6.西欧系言葉を話す人にとって世界で一番難しい言葉は、日本語と言われています。 

7.高級ホテルでも高級レストランでもその他どんな時でも、チップは渡さないでください。ごく特殊な例を除いて、日本にはチップの習慣はありません。

8.地震や台風が常に襲う、災害大国です。

9.東京と大阪を結ぶ東海道新幹線は往復で2分30秒に1本、最高時速285km/h。大きな災害時以外遅れることはほとんどありません。

10.民族的には農耕民族で、大きな戦争で無理やり他国を侵略しようとした一部の人以外は基本的には平和的で穏やかで正直で親切な人です。

11.大麻を含む麻薬にはとても厳しい国です。絶対に持ち込まないでください。

12.入れ墨Tatuaje については、一般的に良い印象は持っていません。公共の場所で飾りのように見せるのは歓迎されません。公共のプールや風呂や海水浴場へは入場ができないことがあります。入れ墨を服で隠したりテープを張って隠したりすることを要求される場合もあります。

2025年6月24日火曜日

最後の4週目に入った、Valladolid の発音

6月23日(月)

たまにはスペイン語について。

私がいるValladolidのこの街の名の発音の仕方について3人の先生に質問した。皆女性先生で、当然のことながら地方の発音ではなくて、一番正規の Castillano(スペイン語の基本となる)をしゃべる。Valladolid は Castilla y León と言う州の中にある州都。

1.スペイン語の Va は英語と違って下唇をかまない。普通の Ba と同じ発音の仕方。

2.lla は結構難しく、Castillanoの正規の発音はスペイン人でも非常に難しいようで、正確に発音できる人は少数だと先生が言ってました。教えてくれた先生の発音を何回もしてもらって聞いたが、私が聞けたところーー「ほんの少しジャに近いリャ」。ただ、一般のスペイン人では完全に「ジャ」と言う人が多い。「ヤ」は間違い、と言ってた。

3.do は普通の「ド」。dの口を作ってしっかりと「オ」の音につなげる。首都の Madrid マドリードもカタカナにすると同じ「ド」ですが、マド、、、、と「ド」の音を日本語の「ド」と同じように発音してはいけません。極端に言うとMadridの場合は「ド」の音は聞こえません。「ド」を言いかけて音が出る寸前に止めます。「ドゥ」と言う表記もありますが、この小さな「ゥ」もありません。ただ r  につながる d ですので 少し舌がはじいて息の音が入ります。

4.li これは舌先を上歯茎につける「リ」です。私の不得手とするところで、特に外国の人が li と言っても ri と言っても聞き分けることが出来ません。日本人が ラリルレロ と言うと大体が ra ri ru re ro と聞こえるらしいです。ですからラ行の音は、la li lu le lo だけ特に注意したらそこそこ行けるんじゃないでしょうか。

5.d 最後の d です。上の3の do のように「ド」と言ってはいけません。Madrid の真ん中の d のようにほとんど聞こえません。ただ Madrid の場合は次に r が来ますので、Valladolid の最後の d とはちょっと違うかもしれません。

6.バリャドリードとかマドリードとかの伸ばす「ー」はここでは聞いたことがありません。先生たちも首をかしげていましたね。

参考になりましたでしょうか?

もう一つ、ついでにアクセントの話ーーーーー

Azúcar  Catedral  の二つ。最初の Azúcar  大体初期に習う単語。15年も前の事ですが、ホームステイ先で アスカル とごく平坦な感じでアクセントなしで言ったんです。3回も4回も言ったんですが全く分かってもらえなかったです。私がやっと気が付いて アカ とスにアクセントをつけトーンも少し高くし、ルはほとんど発音なしにしてやっと通じた次第。

もう一つ Catedral  の話。昨日、鉄道駅を出て、カテドラル(大聖堂)に向かっている時に、一瞬道が分からなくなりました。ロータリーがあって、くるっと回っているうちに方向が分からなくなってしまいました。近くにいた人に ¿Dónde está la catedral? 「カテドラルはどこにありますか?」単純な質問です。それに対して答えてくれたのが「ああ、駅ならあっちですよ」の答え。今考えたら está  が estación   駅 に聞こえたのかもしれません。ただ私が catedral  のアクセントを間違えていたからかもしれません。カドラル と テ に間違ってアクセントをつけたせいかもしれません。教えてくれた人の カテドル を聞いていて ラ にアクセントがあるのを再認識。

****** これを書き上げてUPする今、外気温33℃ 室内音29℃ 暑い!!!!! ****** 

2025年6月22日日曜日

土日に小遠足 Palencia と León へ

 6月21日(土)Palencia パレンシア へ

*** 追記・写真追加は後で ***

よく間違えられるそうだが、Valencia バレンシア が有名な方、Palencia パレンシア は私がいま居るバリャドリードから北に40kmすこし行ったところにある。人口は8万人足らずで大都市のバレンシアの10分の1だ。知人がいて、夕食を食べましょうと誘われたので電車で行った。パレンシアに来るのは3回目。

夕食まで時間があるので街を散歩してみようと駅前からふらふらとカテドラル方面に向かっていると音楽が聞こえてきた。商店街の一角で少人数編成のバンドが私でも知っている曲をやっていた。すると、また別の方から音楽が聞こえる。ふらふらと(暑いんです、30℃を大きく超すくらいでまさにフラフラですが)そちらに行くとバンドはなく大きなスピーカーが鳴っている。広場を囲むように屋台が並んでいてワインの試飲会をやっている。

この地方は有数の良質ワイン生産地の中心だそうだ。どんなふうに試飲するのかを説明してもらった。

1.10ユーロ(1,700円)払う。

2.ワイングラスとグラスホルダーと試飲コイン5枚をもらう。

3.通常ワインはコイン1枚、最高級ワインはコイン2枚と引き換えに試飲。

4.つまみやちょっとした食べ物は別途買う。

* 15ユーロコースもありグラスとホルダーは2セットに、コインは7枚になる。

(こちらはアベック用。アベックを知らない人はペア用)

早速10ユーロ払った。昼の開催時間があって、午後3時まで。1時間ほどしかない。昼の空きっ腹時にワインを急いで5杯も飲んだらシンドイ。これは作戦で最高級2杯、普通1杯と決めてブースを回ってみた。ところが、最高級品のブースがなかなか見つからない。

暑いしのどが渇いてきて飲みたいしで、まず赤1杯。次は白1杯。次はちょっと話してたらロゼを無料で1杯。何とか最高級ロゼ1杯。最後に赤1杯でコインを使い切った。5杯飲んでしまった。

日ごろワインを飲みなれていて質が分かるこちらの人の事、下手なワインが有るわけがない。その中でも最高級を1杯飲んだ私。「どう?感想は?」と聞かれても答えのしようがない。

結構しんどくなりネット予約の安ホテルへ。このホテルについては後の機会で。私の無知で起きた小事件があった。大したことではないのでご心配なく。

夕食の約束はなんと夜の10時半から。「日本なら、そろそろお開きに」の時刻。友人女性とその友人と3人で夕食。手作りの Caldo de gallina 鶏のブイヨンとコカ・コーラ割の赤ワインをたっぷり。

2人とも病院勤務(主に夜間)の介護士。日勤や夜勤や当番や休みをいつとるか、などをまくしたててる。私が聞き取れるのはごくごくほんの僅か。それでも知らん顔して聞いてるが、話がたまに私の方に触れると話のスピードが急に落ちる。2時間以上たった夜中過ぎにホテルまで送ってくれた。「ワイン飲んだでしょ?運転大丈夫?」に、「私飲んでないから。明日朝7時から勤務だから飲んでない」そうだ。


6月22日(日)

午後一番の電車でパレンシアからレオンに移動。

ここには大聖堂があって是非見てきたら?と勧められ、パレンシアからも近かったので行った。ここも暑い。街のあちこちにある気温表示は30,32,35℃を指している歩くのもシンドイ。倒れないようにゆっくりゆっくりと・・・・・1.3km。

入場できるのは午後3時。正門の真ん前にあるバル(レストラン)で食事。こんなところで食事すると高くつくが、最低限のものにして済まそうと座った。

午後3時開門。一般7ユーロ、65歳以上の年金生活者6ユーロ。QRコードが印刷されているチケットを渡された。スマホで読み取ったらいろんな国の言葉で解説が聞けると。スペイン、英語、フランス語、イタリア語、ポルトガル語、あと2つ3つ。「日本語は?」と日本をアピールするために、そんなのはないことが分かってわざと聞いた。係員もほかの観光客も笑ってくれた。

一般人向けの解説もあったが Para Niños (子供向け)と言うのもあったのでスペイン語子供向けを選択して聞いた。さすがに難しい話はなかったが(なかったと思うが)、それでも宗教に関するものなどは日ごろその単語に接していないので難しい(じゃなくて、わからない)。

小さい窓にステンドグラスがびっしり。中に入ってよかったのは、外ほど暑くないこと。ボヤーと聞いてボヤーと内部を散歩して、帰りの電車待ちに駅に帰った。何せ暑いので、ミュージアムや名所に行く気がしない。健康第一。

夜の9時半にバリャドリードのファミリー宅に無事帰宅。万歳!!!!!

2025年6月21日土曜日

グダグダとやっているうちに3週間が過ぎた

6月20日(金)

*** アップするのを忘れていて金曜日夜にアップしたものと設定する ***

ーーー 写真はまた後で ーーー 

今日は金曜日で午後の授業はない。何か特別講座があるかと思っていたが何もない。

どこの街に行ってもカテドラル、市庁舎、博物館、美術館が定番観光コース。Valladolidではまだカテドラルに入っていない。昼ごはんの3時までは時間があるので行ってみることにした。

いつもの帰りの通学バス8番線で途中下車、歩いてすぐのところにカテドラルはあった。時刻は12時前、カテドラルに入る前におやつを食べておこうとカフェに入った。その名はCafetería MOZART カフェ モーツアルト。たいそうな名前だ。

入ってみると作業着のおじさんが二人食べている。これなら安心。注文はいつも決まっての Café con Leche ミルクコーヒー。それにカウンターのガラスケースにあまり見ないケーキがあったのでそれを一皿。スポンジケーキの上の何かの果物かのスライスが乗っていておいしかった。説明ができないのでもう少しアップの写真を撮ればよかったのだが。

カテドラルは入場は無料だが、あまり見るべきものはない。併設の博物館や見晴らしの良い鐘楼(?)に上るのは有料。博物館と言っても多分宗教画だろうと思ったから、それは見飽きていてうんざりするのでパス、上からの景色もパス、という事は有料部分はパス。入場者はほとんどいなかった。15分ほどで出た。

それならと、近くのコロン博物館へ。1492年に今のカリブ海に到達しその後も3回探検。このあたりがインドであると思い込んだまま最後の探検後Valladolidにたどり着き、1506年にここで亡くなった。彼の家も博物館の一部らしいが、どの部分がそれかわからなかった。

中の資料は文字が多く読めないし、ところどころ知っている単語が出てきても、文章が分かるほどの単語力もないのでただ絵のように見ているだけだった。フラッシュなしなら写真撮影はOKよ、と言われたが1枚も撮らずでてきてしまった。40分位いただろうか、その間の観覧者は多分私一人。閑散としていた。

外は暑い、32℃。ホームステイ先のChonさんは「春が終わった」と言っていた。確かにあちこちのバラが咲き始めている。

2025年6月20日金曜日

Ayuntamiento de Valladolidバリャドリード市庁舎 見学

6月19日(木)

本来は学校で授業がある時間だが朝の9時から市庁舎見学が授業に組み込まれていた。

集合はPlaza Mayorマヨール広場。この広場は、今ではスペインのどの町にでもある “Plaza Mayor” の建設の見本になったという歴史ある場所。マドリードやサラマンカの Plaza Mayor もここを見本にして建設されたという。

家からのバスが予定通りの9:40に着いた。広場の中は何かのイベントがあるのか臨時のスタンドの建設中。ぐるっと一周したが「広場の美しさ」と言うのは一切ない。建設資材でぐちゃぐちゃ。



50人くらいのバジャドリード大学言語教室の私たち50人ほど(?)が9:00にガイドに連れられ3グループに分かれ庁舎内見学。マヨール広場を囲む建物の一つとして1908年に建設されたのが現在の市庁舎。中の説明は(うまく言えば)割愛、(悪く言えば)説明聞き取り不能。


市庁舎のテラスから先ほどの臨時観客席を見下ろしている時に説明があった。


これは、スペインや他のヨーロッパ諸国、南米などで非常に人気があるパデル(テニスにちょっと似たスペイン発祥のスポーツ)の国際大会があるとのことで、その会場作りをやっている。

11:30からの午後の授業は予定通り。今日の話題は、スペイン各地にある伝統的な踊り6つ。中でもやはり人気なのはフラメンコ。その発祥から歴史を「なるほど」と思わせるようにわかりやすく解説。

そして今になって気が付いた。午後のこの先生の授業は一切文法的な話をせず、スペインの国の成り立ちや闘牛やカーニバルやフランコ独裁政治やバスコ・カタルーニャ・ガジェーゴ・カスティージャの言語の話などに偏っていて、逆に午前の授業はやれ未来形や間接・直接目的代名詞や命令形などと完璧に文法の話になっている。

そしてふと、思い付き時間割表をもう一度見てみたら、午前は「Lengua(語学)」午後は「Cultura(文化)」と書いてあった。そんなことも確認せず今日までやってきていたことに我ながらびっくり。

2025年6月19日木曜日

スペインでも異常気象とミドリ十字看板

 6月18日(水)

今朝の最低気温は朝6時で18℃。7時起床、シャワー浴び。7時40分朝食はいつもの薄小さいトースト2枚とオレンジジュースとミルクコーヒー。

8時15分に家を出て、20分発のバスに乗車。このバスは大学がオープンしている時だけ 7:20 と 8:20 の2便だけしかないが、最低限の途中バス停があるだけで25分で大学に着く。

この大学通学バスは1両編成
乗車賃は他のバスと同じ。

今は大学オープン期間中と言う設定になっていて運行しているが、今日は7人しか乗車していなかった。

11:00~11:30の休憩時間に merienda おやつ  を食べた。朝7時半に食べてその次は昼食の午後3時じゃお腹がすくので、間食(おやつ)は必要だ。

セットメニューで2ユーロ(340円)
クロワッサンは温めてくれて、バターとジャムがついている

学校から帰ってきたのが3時ちょうどで、すぐに昼食を用意してもらって食べた。

左上の小さいのはデザートプリン
右上はチキンと牛肉、ぐう肉は薄い・固い
真中はサラダ。Ensarada a rojo と言ったように
思ったがネットにはそんなサラダはなかった。
Chonさん手作りらしくおいしい。

暑いせいか食後すぐにベッドに横たわり休息。最高気温は18時で36℃。とても市街地に出かける元気はない。何もせずにネットの記事を読んだりしていて、ふと窓から下を見ると隣のビルの1階が薬局で、サインボードが36℃を表示していた。室内温度は27℃。

こちらの薬局はこのサインボードで、〇現在時刻 〇気温 〇薬局のしるしのミドリ十字 などを表示している。時にはニュースとか店の宣伝文句も流しているのもある。これが先ほど36℃を表示していたものだから、家のセニョーラ・チョンさんに話そうとして「ホレ、ソレ、アレ、あの緑のやつ」と言って、36℃は通じたがあのサインボードと言うのがスペイン語で出てこない。

簡単な絵をかいて尋ねたが「何と言うのかなあ、名前なんかないよ」と言う。和西辞書で  サインボード などと言うのを探して valla と言ったが「それ、なに?」と言う感じ。最近よくお世話になっているChat-GPTによると Cruz verde de farmacia でわかるんじゃない?との回答。(Cruz verde はミドリ十字、 Cruz rojo は赤十字)

それにしても暑い! これを今書き終えた20:00、35℃を表示しています。


*** 以下はスペイン語勉強中の方へ ***

技術的な言い方3種類も教えてくれた。こんなのは多分使うこともないけど。

pantalla electrónica de la farmacia(薬局の電光表示)

rótulo electrónico(電子看板)

letrero digital(デジタル看板)


口語的な言い方例もーーー


緑の十字の電光看板 cruz verde electrónica / letrero digital

看板が36度を表示していた El letrero de la farmacia mostraba 36 grados.

緑の十字が36度と表示していた La cruz verde de la farmacia marcaba 36 grados.

電光看板に36°Cと書かれていた En el cartel digital de la farmacia ponía 36 °C.

2025年6月18日水曜日

Intercambio de idiomas 言語交換

6月17日(火)

例えば、日本人とスペイン人がそれぞれの国の言葉を教え合う、と言うのを「言語交換」と言うらしい。以前から少し興味があって、スペイン人とそういう事が出来れば良いな、と思っていた。スペイン語ではIntercambioと言うので、ネットで検索して無料会員の登録をしたりしていたが、もうひとつピンと来なったので放置していた。

先週末にこちらの語学学校の先生に声をかけられて、「どう? 興味があったらスペイン人で日本語を勉強している人がいるので会ってみない?」と勧められた。エミリオと言う男の人で・・・・

今日の昼、先生から声をかけられ「今日の夜19時にどう?」とのこと。先生も同席してくれるとのこと。「ヒロシの住所は今どこ?」と聞くので 〇☓▽◇ と言うと、エミリオさんの住所が 〇☓▽◇ と全く一緒で番地が違うだけ。僕のは3番地、彼のは28番地。あまりにも偶然で二人でびっくり。歩い3分のところだ。で、彼の家の前で落ち合うことになった。

無事時刻通りの夜7時に会うことが出来、いろいろ2時間にわたって話した。語学学校は3週間目に入っているが、過去2週間でクラスでしゃべった量すべてを足した量より沢山しゃべったような気がする。

話題は多岐にわたったが、彼が 忍術“ をやっていて12段の資格を持っているとか、日本ではほとんど知られていない レイキ(私が少しかじっている)をやっているとか、国際養子縁組と国籍取得についてとか、スペイン日本間の飛行機賃の事とか・・・・

話は変わって、一つだけスペイン語の話―――(以下はスペイン語学習者向け)

「ちょっと出かけてきます(すぐ帰ってきますの感じで)」

今まで私は Me voy un poquito. とかを言っていたんだけど、今ホームステイさせていただいているChonさんが、犬の散歩をさせるために20分ほど出かけてきます、と言う感じで Ahora vengo. と言った。出ていくときに動詞salirを使うのは普通として、venirを使うのが不思議だった。ネットを探すと詳しく説明してくれている人がいる。

2025年6月17日火曜日

Taller de Cocina は 「料理教室」じゃなかった?

6月16日(月)

前に学校主催の「Taller de Cicina料理教室」というのがあって、定員オーバーで参加できなかったことを書いた。そして今日2回目の「料理教室」があって、それには参加できた。

16:50 語学教室ホールに集合。結局参加者は11人。少し離れた建物に移動。小集会室のようなところ。一つの長テーブルに向かい椅子が並んでいて、そこに座った。

始まってみてやっとわかった。講座のタイトルは Taller de Cocina。プロの調理師が料理をして、私たちが試食をする、と言う料理教室だ。それにしても、流しもコンロも水道の蛇口もない。

メニュー表が配られた。料理の名前が二つ。

GASPACHO DE SANDÍA スイカのガスパッチョ

ガスパッチョはスペインの飲み物と大体の方はご存じのもの。それをスイカメインで作る。

ジーっと見ていてスイカガスパッチョを
作る最初のところを撮るのを忘れていた
                      
            

TARTAR SALMÓN サーモンタルタル

タルタルと聞くと私にはソースにしか結びつかないが、作られたものを見て食べてこれが語源の食べ物か、とネットで調べて納得。今回は生サーモンをこま切れにしたのをベースに色々と混ぜて作る。

講師(調理師)はプロで、(私が理解した範囲では、Michelin ミシュラン≪スペイン語ではこの名前をローマ字読みすると正解。そう、ミチェリンです≫の星をとっても良いくらいのすごいレストランでシェフをやっている)Carlos Ruizさん。インスタグラムでも発信していると言っていました。







色々説明しながら二品を作ってくれて、試食したが、すごくおいしかった、としか言えません。説明は99%理解できませんでした。中で一瞬「Umami  うまみ」と言う言葉が出てきて、私だけ大きく反応。「おお、我が日本、すごい!」と思ったんだが、これが日本料理のおいしさの一因だとほかの生徒たちがわかっていたのかどうか?





2025年6月15日日曜日

どこにも出ず、休養の日曜日

 6月15日(日)

スペインに来てからあまり調子が良くない。サラマンカやセビリア行きの学校行事はこなしているので症状は大したことはない。腹痛、頭痛は無いしだるさも無い。日本で生活しているときの花粉症の症状である目のかゆみや、ひどい鼻づまりや、鼻の奥の痛みも無い。咳もない。食欲も変わりない。あるのは①軽い痰がでるのと②軽い鼻づまりを起こす鼻汁かな?風邪なんだろうか?

スペイン語のクラスでいつも横に座っているアメリカ人のランス君も、ここ何日か特に悪そうでマスクをしている。アメリカではマスクなどしているとよっぽどのことと思われて避けられていたが、コロナや花粉症の影響でマスク姿でもあまり問題はないという。私がうつしたのか、それとも彼にうつされたのか?

今日の予定はなし。

朝食は遅めの08:30、いつものミルクコーコーヒー、オレンジジュース、トースト2枚、バターとラズベリージャム。

最後にフルーツは? と聞くと
オレンジジュースがフルーツよ、と。

昼食は02:30

真ん中のメイン料理は Menestra de verdura
(スペイン語はローマ字読みしてください)
ハム・卵・グリーンピース・ジャガイモなど
優しい味で、おいしかった

エンパナーダは先日の残り(店で買ったもの)

チョコレート包みのアイスクリームが今日のデザート


21:10 今晩は遅めの夕食
左の皿にはトーストパンとトルティージャ
右の皿は手製の Cachopo カチョポ
 肉とチーズをサンドイッチ重ねパン粉でまぶして
 揚げたもの(と思われる)スペイン北西部の料理
 肉が思いっきり固いので、ナイフで切るのが大変

私が食べている間、私に寄ってきてずっと見ていることがある。チワワで太った5歳オス。ほとんど鳴いているのを聞いたことがない位いおとなしい。スペインではペットは登録制でマイクロチップを体内に入れている。勝手に繁殖させてはいけないらしい。


学校主催のセゴビア遠足で迷子に

6月14日(土) 

2017年にサラマンカで4週間のスペイン語短期留学したことがある。その時の学校遠足でセゴビアに行ったことがある。8年も “昔” の事だし、その時も1日の遠足だったから記憶も定かでない。

首都マドリードと私がいるバリャドリード
そして遠足のサラマンカとセゴビア
マドリードからバリャドリードまでの距離は約160km

8年前の様子はこちら 

https://hirobonjapan.blogspot.com/2017/02/segovia.html

朝、学校へ行くぐらいの時刻に家を出た。土曜日なのですいている。

2両編成のバス

2台の観光バスでバリャドリードを出発、生徒41人と先生5人(くらい)。途中10分ほどの展望台からのセゴビア遠望を楽しむ。



すぐに有名な水道橋付近まで行きそこで全員下車。

バス車内から


水道橋の下は広いスペースがあり、子供の遊び場やイベントスペースがある。ローマ時代の紀元後1~2世紀に建設されたものらしく、壮大で迫力がありちょっと神々しい建造物の下での催し物は、私には違和感しか感じられなかった。

30℃近くの気温と騒がしさとで(主にこちらのスペイン語能力により)説明がよくわからず、とりあえず15分のトイレ休憩になった。

こちらは観光地でも屋外に公共のトイレはほとんどない。トイレが必要な時はバルに入って何か1杯を注文して、トイレを借りる。

休憩後はみんなでグネグネとした坂道を登って中央広場に向かう。

坂道の途中の見晴らしの良いところから山を見る。
山の形が Mujer Muerta 亡くなった婦人 にみえる
と言う。
そう見えなくもないーー顔・首・胸・脚・つま先



途中色々説明があるが、前にも書いたように歴史音痴と年代の数字がすぐ出てこず、「うん? シグロ・キンセ っていつだったっけ?1400年?1500年?」などと一瞬考えてるだけで話は10倍くらい先に行っていて、私だけが話についていけない。遠足に参加しているのは数人以外はすべてアメリカ人学生。みんなバンバンわかっている様子。


昼食の自由時間があって、解散。

8年前に来たときは昼食をちゃんとレストランに入って食べてる。前のブログを読み返しながら「我ながらスゴイ!」と感心する。

今回はと言うと、何かエネルギーがなくなったか、バルに入ってミルクコーヒーとタパスを頼んで15分ほどで終わり。どこかの歴史的なモニュメントなんかに入ることなく時間を持て余す。

午後3時からは水道橋に並んで超有名なアルカサールに入場。バス1台目の私たちのグループが先に入り、バス2台目のグループは1時間ずらして入場することになっている。



ビデオはあまり何も考えなくて取ったから、ひどいですが・・・



ここで、私にしては大事件が発生。広い城内をあちこち回っているうちにガイドの先生や仲間の生徒を見失ってしまった。先生やガイドや生徒たちの顔をすべて覚えているわけではない。似たような顔の若い男女が周りにいっぱいいる。よく覚えているのは第一グループの生徒21人(?)と先生・ガイド3人のうちの半分にも満たない。いつも同じ教室で勉強している人もいれば別の教室に居て今日初めて見る人もたくさんいる。

一番困るのはバスに乗れずバリャドリードに帰れなくなることだ。公共の乗り合いバスはいくらでもあり帰れるのだが、引率の先生が帰りのバスの点呼で「あれ?一人老人がいない!!」という事になると大騒ぎになる。

とりあえず、誰か外に出ていないかと見るために外に出た。誰もいない様子。困って入場口にいる係員に「はぐれてしまって・・・・」と言っても、入場券がないので再入場させてくれない。団体チケットで入っているので半券はない。チケット売り場で再度買って入ろうと思ったが50人くらい並んでいて時間が掛かりそう。

困り果てているとバス第2グループが入場しに来たのを発見。先生に「いやー、すみません。迷い老人になりまして・・・・中にまだ第一グループがいると思いますので、私一人が出てしまっていて皆が出てくるのをこの入場口付近で待ってます」と伝えてください、とお願い。

しばらくすると、よく知っている第一グループの先生が一人出てきてくれて、「みんなまだ中に居ますよ。私たちだけゆっくりあちこち見ながら二人で先にバス乗り場まで帰りましょう」と優しく言ってくれた。時間は1時間以上ある。ゆっくり歩き、バルでのどを潤し、たくさんの話をし、先生を独占できた至福のひと時を過ごし、帰途についた。

2025年6月14日土曜日

ファミリー宅から初登校

6月13日(金) 朝7時起床 

シャワーを浴びて7時半朝食。

トースト2枚(日本のよりサイズが小さく薄い)
ミルクコーヒー   
熟れていない小さい洋ナシ2個
ジャムより蜂蜜が方が健康に良いと言って出された

健康に気を付けているのでこの牛乳も
  Sin Lactosa 乳糖なし
  Desnatada スキムミルク
 
家を出たのが8時過ぎ。バス停は家のビルから100mほどのところにあり近い。バス停について回数券を出そうとしたらそれを入れている財布がない。家に忘れてきた。すぐ家のビルに戻ったが、ビルに入るためにはその敷地に入るためのフェンスがありそこにも鍵がある。もらった鍵は2つ。フェンスのカギをくれ忘れている、と思いこみ、これでは家に戻れない、と冷や汗。

人がフェンスを開けて出てくるのを待ち、「鍵を忘れて入れない」と言って入れてもらった。ビルの鍵と家の鍵はあるのですぐ自分の部屋に戻れ、財布をポケットに入れ再確認しながら再度家を出た。 ???なぜ鍵が2つしかない? 考えた。試しにビルの鍵をフェンスの鍵穴入れてみた。スッと入った。なーんだ!フェンスの鍵とビルの鍵は共用してるんだ。

再びバス停に。バス停には日本のような時刻表がなく、この日・この時間帯は何分おき、と言うような表示が多い。ここもそう。ただ、「バスがあと何分で到着予定」という表示板がある。それを見て乗車。GoogleMapで検索すると予想到着時刻が出てくる。08:55着とある。そしてその時刻に到着。バス停から校舎まで3分、教室までさらに1分、09:00にギリギリセーフ。と思いきや、先生はまだで、教室は鍵が掛かっていて入れない。いつも先生は丁度の時間には来ず、数分遅れてくる。生徒は教室外で先生を待っている。

金曜日は午後クラスはなく、その代わり何か特別な講座があったりする事がある。この日はバリャドリード博物館見学会があった。

学校の授業は11:00終了、博物館まではバスもあるが連絡が良くなく、歩くと35分くらいかかる。学食で軽食を摂り、11:20頃、徒歩で出発。集合時刻は博物館前に12:05。えらい半端な時刻だ。きっと、これくらい半端な時間を指定したらきちんと集合時刻を守ってくれる、という魂胆かもしれない。

バリャドリードの旧市街は結構道路が複雑で、GoogleMapの助けを借りてもスッとは行けず、途中でポリスに尋ねてやっと時間前すれすれに到着。一人5分ほど遅れてきたが他は12:00にはそろっていた。






専門のガイドが私たち約20人を案内してくれた。建物の説明から展示品の説明まであったが、そんなに大したものでもなく(私が理解しなかったせいが大きいと思うが)、展示品も付近で発掘された5万年ほどの前のものからローマ時代のものまでを並べているだけで、そんなにも感激はしなかった。

家に帰ってきて昼食。

サラダとトーストと照り焼きチキン2本
ビールは私の購入品

セニョーラ・チョンにバリャドリード博物館の話をしたら、「そこはほとんど知らない。あっちが良い、こっちが良い」とほかの施設を言っていた。

バリャドリードは今日も天気で、最低気温12℃、最高気温28℃と結構暑く、少々バテ気味。

写真の丁度中央に写っている茶色の屋根が
見えているのが私が住んでいる家のビル

部屋でちょっと昼寝(Siestaシエスタと言う)をしていたら、「ヒロシ、ちょっと教えて」とドアをたたいた。何のことかと思ったら、スマホを落として壊れたので新しいのを買った。SIMの入れ方が分からない。暗証番号を入れても起動しない。充電できているのかしら?と色々言うが、そんな事、私も日本でやったことがない。「買った店に行ってやってもらったら?」とお勧めして終わり。あとで聞くと店にわかる人がいなくて、結局は何もできず帰ってきた。

夕食はーーー

パン サラダ エンパナーダ(右上)
ビールは私が買った

明日の遠足はセゴビア行きだ。

2025年6月13日金曜日

念願かなって学生寮からファミリー宅へ移る日

6月12日(木)

勉強の方は滞りなく済み、学食で14時過ぎに昼食。

すぐに寮に帰り移動の準備。と言っても前の日にほとんどやっていたので15分ほどで完了。15時ちょうどくらいに部屋を出て管理人室に鍵を返却しに向かっていたら、向こうの方から管理人がこちらに向かってきた。

部屋に戻って一緒に忘れ物がないかなどを確認。私も、丁寧に掃除をして、忘れ物も3度くらい見直したので、完璧完了。

寮を出て7、8分でバス停に着いた。バスは路線No.8で一本。30分ほど乗ってファミリーの住所近くに到着、下車。教えてもらった建物番号に間違いはない。ベルを押した。2回押しても誰も出ない。

いつ頃着くかを連絡していなかった私が悪い。30分ぐらい待ってみようと、近くにベンチがあったので座った。WhatsAppで「玄関前に来たので迎えに来てください」と連絡。これがうまくいき、直ぐベンチまで来てくれた。これで一安心。

きれいに片付いた部屋に案内してくれた。部屋全体は学生寮の個室と比べると広いが、引き出し・物入があっても物が詰まった状態なので私が利用できるスペースは少ない。ベッドは幅130cmと広いが長さが180cmで短め、昔のサイズなんだろう。スペイン人は概して身長は高くないが、現代っ子は背が高くなっているので学生寮のは幅95cm長さ205cmとファミリーのよりも長く、サイズを合わせているのだろう。

自己紹介は少ししたが、覚えやすいようにとそのメモ書きと学校の時間割と行事の予定も書いておいた。

セニョーラをどう呼んだら良いのかを聞いたら、Chonチョン と呼びなさいと。聞いていた難しい正式名とはかけ離れているが覚えやすく言いやすいので助かる。おとなしい雄の子犬がいてMiki ミキ という。こちらも分かりやすい。ミッキーマウスの ミキ だと笑っていた。

今はどこのファミリーでもWifiが使える。また、学校が紹介してくれるファミリーはWifiができることが条件になっている。すぐにPWを聞いてスマホに入れたが3回やっても4回やってもつながらない。パソコンでやってもダメ。ゼロとアルファベットのOが間違っているかとやってみてもダメ。焦ってきたが、そもそもPWじゃないのを教えてくれたのかと思ってWifiルーターを見たら、製造番号か何かのアルファベットと数字の羅列を教えられていた。PWはスペイン語ではContraseña と言うが、そこを見て入力するとOKPWはこれですよ、と教えてあげておいた。

夕食はいつ頃が良い?と聞くので日本では7時だけどこちらでは9時ごろでしょう?と返したら、あなたの好きな時間に合わせますよ、とのことで今日は8時過ぎになった。前回のDénia では家族と一緒に食べたが、ここでは私一人が食べ、セニョーラのChonさんが近くのソファに持たれながら色々話しかけてくるスタイルだった。

野菜スープ ソーセージ3本とブロッコリー
水とパンとバナナ(バナナは写っていない)
おいしかった!

チョンさんが話すのが早いので聞き取れないのがいっぱい。病気の話をした時など、専門用語が出てくるのでさっぱり。一語一語確認していたら食べている間がないのでスルー。別のときに聞き直さないといけない。

2025年6月12日木曜日

ホームステイは1日延期になり12日に

6月11日(水)

朝一番、9時前に学校事務所に行って、私の面倒を見てくれている係の女性に前日のWhatsAppのやり取りをすべて見てもらった。私はファミリーに「体の具合が悪くて私を受け入れられないようなら、学校と話をしてください」という意味の文を送っていた。係の女性はファミリーとはまだ話をしていないようで、その時の回答はこうだ。「学校と滞在ファミリーとの間で契約はできているので、今日の午後3時以降に家に行ってください。何の問題もありません」と。

まだ学校とファミリーが話していないという事は、どんでん返しの可能性がある、と思いながら午前午後の授業を終えた。クラスの生徒の数はなんと21人まで膨れ上がっていた。

帰り際に掲示板を見ていると、事務の担当女性が話しかけてきた。

前回の料理教室のときは申し込みが
遅れて参加できなかったが今回はOK

「先ほどファミリーと話をした。ファミリーのお母さんの体調はだいぶ良くなり、明日には完調になるので、学生寮からファミリー宅への移動は今日ではなく明日にしてください。学生寮の管理人にもヒロシのファミリー宅への移動は1日遅れの12日にする、と指示しておいた。」

学校とファミリーとの連絡が取れて、もう問題はなくなったはず。ホッとして学校内のバルで昼食。

6.50ユーロ(1,105円)の食券を買う

これが定食の内容
1番目の皿も2番目の皿も2種類から選べる
あと水とパンは付いている。
デザート(選択肢は10種類くらいある)
またはフルーツから一つ。
こんなところで食べている。
講義が終わったんだろうか、
学生がビールを飲んでいる
タバコを吸っている学生もいる。

帰宅。朝から調子が悪い。日本にいるときは一年中花粉症対策のための甜茶を飲んでいるが、今まではスペインに来るとそんな対策はしなくて良かったのだが、今回は違う。生徒の中でも具合の悪い人が出ている。スペインでも、原因の花粉は違うようだが花粉症は急激に多くなってきており、問題化しているという。

それに気温が高くてしんどい。昨日の最高気温は32℃。湿度は50%くらいで日本よりましだが、やはり体にはきつい。そんな中で風邪の症状が出てきた。夕方4時から7時まで3時間ほど寝込んで休養。

学校の宿題はほとんどなかったのだが、今日は一つだけ出たのでそれをしてから早めに寝よう。

2025年6月11日水曜日

ホームステイの実現が怪しくなってきた

6月10日(火)

下記のように大変な一日だったのだが食事はしないといけない。朝、昼は学食で。

2ユーロ(340円)の朝定食
Cafe con leche, zumo de naranja
砂糖無茶苦茶たっぷりのパン
パンの種類はいろいろあり選べる

6.75ユーロ(1,148円)の昼定食
ひょっとして水も付いていて取り損ねたのかも。

昨日「ホームステイ先が決まりました」というニュースを聞いて大喜び。すぐにファミリー宅にメールを送信したが、返事がない。私だって、3、4日も見ないことがあるのでそんなこともあるかとも思うが、日本人留学生お爺さんが来る、と言うのだからメールはチェックをしているはず。

念のため電話を入れてみたが、楽天電話でネットはできるが「国際電話はできません」といって掛からない。国際電話じゃなくって、スペインに居てスペイン人家族に電話をするのだから国内電話なんだけど、訳が分からない。

日本のLINEのようなのが、海外ではWhatsApp(ワッツアップ)と言って私もよく使っているのがある。「電話番号さえわかれば通じる」と考えていたのだが、それがなかなかつながらない。国番号を入れたり何やかやと触って居たら、突然交信可能に。家族の人に「よろしく」と送信したら、すぐ返信があった。

「薬を飲んでいて調子が悪く、今病院から帰ったところ。明日朝あなたに電話する」と書いてある。「Hola!」 と言うくらいの電話はできるが、病気の話は無理。文章なら少々の事なら理解できるのだが。

「難しい会話は私には無理なので大学の係りの人に言って頂戴」と逃げた。私の送信から2時間以上も経った今も、既読の印がつかない。

明日の転居の用意のためスーツケースの荷作りを今からしようとしていたのだが、怪しくなってきた。さあ、どうしよう?